ギャン・バギャム・ソルドン

一打粉砕に怒喝の心力を込め、万物を叩き割る剛剣の刃を生み出さん

タジュキョセンセイー!

1. 多重共線性とは

 y = \beta_0 + \beta_1 x_1 + \beta_2 x_2 + ... + \beta_n x_n

上記のような説明変数が2つ以上ある一般線形重回帰モデルを考える。この時、説明変数間に高い正、または負の相関があった場合に偏回帰係数の分散が必要以上に大きくなり、真の偏回帰係数が正しく推定出来なくなっている状態のこと。

 

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映画 若おかみは小学生!の感想

若おかみは小学生!の映画を見てきました。TVアニメの1話は配信で見てたんですけど、全く面白くなかったので最初は映画に興味はありませんでした。でも、TLでの評判を見てたら興味が出てきて。作品の受け手として信頼してる人間がイマイチ煮え切らない感情を吐露してる一方で、「泣いたー!」とか「感動したー!」って感想を持ってる人がFF内外含め多く見られて、これは自分の目で確かめるしかないなと。珍しくワクワクしながら映画館に向かいました。という訳で、少しだけ感想を綴ろうと思います。

端的に言うなら、『胸が痛むアニメ』でした。めっちゃ泣きました。そらもう、目が真っ赤になるくらいには。感動した…と言っていいのかは分からない。と言うか、本当は言いたくない。確かに、心に深く響いたから僕は泣いたのだろうけど、話の重さとかおっこの感じていた辛さを考えると、この映画に向かって素直に『感動した』とか『良かった』って言葉を投げるのがものすごく躊躇われる。そのくらい辛い。映画のクオリティに対して『良かった』って言葉を言うのは理解できるけど、お話に対して『良かった』って言葉を言える人間の気持ちが、僕にはさっぱり分からなかった。

両親を失った少女が、その『死』という現実から目を逸らしながら旅館の手伝いをしてる姿は辛いものがあったし、それによって人の幸せそうな顔を見なければいけないというのは、視聴者としてはかなり辛かった。この映画を見て自分が流した涙の理由の9割は、『辛い』って感情に由来してたと思う。

自分の両親を殺した張本人を目の前にして、憎しみという感情を見せなかったおっこの心は、美しかったかもしれないし、それが美徳として描かれているのも分かる。だけど、誰かを妬ましいと思う気持ちや憎たらしいと思う気持ちは、誰しもの心に自然と芽生えてしまう感情だと僕は思うし、おっこの心にそう言った感情が無い事が、余りに悲しかった。春の屋の温泉は誰も拒まないかもしれないけど、関織子には目の前の人間を拒絶する権利がある筈で。大事なのは、関織子自身がどう思ってるかじゃないのかって思わざるを得なかった。いや、勿論12歳の少女にその権利の行使を選択させるってのも重すぎる話だと思うけどさ。

自分自身が『関織子』である事に『いえ』と応えるシーンも心が痛む。『両親の死』という残酷すぎて受け止めきれない現実から目を逸らし続けた結果、自分が両親の娘であった事すら否定してしまうのかと。その応えはおっこの心が働かせた『自衛』だったとしても、両親と過ごした思い出は胸に沢山あった筈なのに、それを全部引っ括めてまで、自分は両親の娘ではなかったとこの娘は宣うのかと。残酷だった。

最後になるけど、自分には重すぎて辛かったです。結局、おっこがそれで良いのなら、自身の境遇を見つめて幸せだと言えるなら、それが1番なのだろう。そしたら、僕がここに書いてる文章に何の意味もない。でも、12歳の美少女キャラクターに余りに重たい運命を背負わせた人間が、この世界に確かに存在していて。「おっこにとって、これが幸せなのだろう」と2次元の世界の外側から決め付けている大人が絶対に居る。この事実に、受け手である僕の心は少しだけ痛むのでした。キャラクターに人権はない。

 

P.S.

目の前に居たおっこが事故の当事者であるとはそれは思わないだろうけど、自分が両親の命を奪っておきながら、その家族の一人娘が生きていた事を『救い』と言ってしまうおじさんには腹が立ちました。この先1人で生きなきゃならない娘が、どんな気持ちでこの先の人生を過ごしていくのかお前には分かるのかよって怒り。お前にとっては救いだったかもしれないけど、おっこにとってそれは本当に救いだったのか、考えるべきじゃないのかよっていう。僕には難儀な作品でした。

朝起きたら…

朝起きたらそこは…、2年前に僕がドハマりしてたアイドルグループの解散が決まった世界でした。いや、だからと言って悲しいとか、泣いたとか、そういう感情は殆ど無いんですけどね。まぁ、他のアイドルさん達が次々に解散していく中で、ここまでよく続いたなってのが率直な気持ちです。

2ヶ月後に解散ライブがあるんですけど、ライブのハコが2年前に定期ライブをやってたハコと同じなんですよ。このグループは2年かけてどのくらい前に進めたんだろうと思って。いや、勿論ハコが大きくなるのが前に進むって事ではないし、メンバー個々がパフォーマーとして成長してるんだろうな~とは思ってるんですけど。「次のライブで今より大きい会場をファンで埋める」って行為は、そのアイドルグループが一回り大きくなった事の証だと思うし、それを見届ける事はアイドルを追いかける楽しさの一つだとも思う。事実、定期ライブが青山から原宿に変わった時も、かなり嬉しかったから。(会場のキャパは150人→300人っていう小規模なレベルアップだったけど、それでも嬉しかった。)

「もっとオタクして、会いに行けば良かった~」って思いは全くないんですよね。ハマってた時は誰よりも全力でオタクしてた自覚はあるし、つまんないと思い始めたからこそ他界した訳だから。ただ、1000人とは言わないんで、700人程度の会場をワンマンで埋める姿は、見てみたかったかな~って思う。なんかその辺だけが心残りなのかもな。

解散ライブに行くかは分からない。まぁ俺みたいなオタク辞めた人達がチケ取ってみるか~みたいなノリで来ると思うから、取れるかすら分からないですけどね。まぁ、この機会を逃したら俺はもう推しの手に一生触れることができないんだろうなって確信はあるから、行きたいと思う気持ちはあるっちゃある。

2年ほど自分のグループのライブに来なかったファンが、解散ライブで急に目の前に現れたら、アイドルってどんな気待ちになるんですかね。残念ながら俺には全く想像できない、アイドルではないので。ただ、プロの前でファンが他界した事について申し訳なさそうな態度で居るってのは失礼だと思うから、やっちゃいけないんだよなって。だから、俺は俺で今楽しくやってるぜって、伝えに行くのも悪くないのかもしれない。

とまぁ色々と書いてきたけど、アイドルオタク一年生の俺にライブの楽しさを教えてくれたのは間違いなくこの「X21」ってグループなので、感謝だけはしてる。縁があったらライブも行くかなという気持ちで今は居ますね。

自分

自分とそれ以外の人間は絶対に違う存在だと言うのは分かってるつもりだし、違うのが当たり前なんだからそれぞれのスタンスで居続ければいいと思ってはいる。他人のそういう人間としての核の部分に自分の入り込む余地は恐らくないし、僕も自分の深いところにある自我に、そこまで他人が居るのかと言われたら、居ないと思いたい。

ここまで書いたら、この前書いた『自分と他人の境界』で書いた事と矛盾してるわなと自分でも思うけど。他人の考えを自分なりに解釈して更に取捨選択したものを自分の一部として取り込むと考えたら、その寄せ集めで出来た自我を『自分』と言い張っても良いのかなと思ったので、今回はそうします。あと、こういう自我の話をするの僕は割と好きなのでつらつら書いていきます。

もちろん、『あぁ、この人は少しだけ僕と似てるのかもしれないな…』って思うことはあるんだけど、それは僕がその人を勝手に解釈して、似てるかもと僕が決め付けてるだけだと思うし。結局、似てるかもと思うのは、他人の一部と自分の一部がほんの少しだけ重なって見えるからなのかな。ラブライブに対するスタンスが僕と似通ってる人を偶に見かけるけど、もっと広く、アニメに対するスタンス、趣味に対するスタンス、生き方に対するスタンス、とか領域を広げていけば行くほどに、僕はこの人とは分かり合えないなって気持ちがどんどん強くなっていきます。それはしょうがないし、当たり前の事ですが。

僕はあなたの事を全然分からないけど、この考えは好きだよって思うことが多々あります。だからか、多分僕も人から「あなたの事はあまりよく知らないけど、それでもあなたのこの一部分だけは好感が持てるかもしれません。」みたいな反応を求めてしまうんだろうな~。他人は自分の思い通りに動かない存在なので、何かを求めるということは不毛なんですけどね。分かったフリをされるのも、分かったフリをするのもやっぱり好きになれないんですけど、『自分はあなたの事を分かったフリをしています』って自覚を持つことは出来るし、そういう自覚の伴った在り方が、僕は好きなんだろうな〜ってめっちゃ思います。そういう自覚って、余り人間の表面に出ない気もしますが。

人と関わるのって楽しいし、だからこそ僕はTwitterをやっている訳ですけど。そこに重きを置きすぎるのも僕は違うなと思ってしまうし、そのバランスを取るのって難しい。人との関わり合いの中で僕は誰の色にも染まりたくないし、染まるとしても自分で選択した結果として『○○さんの考えに自分が染められつつあるな』って自覚を持っていたい。

誰かが僕のスタンスに不満を覚えようが、それは勝手で、僕の在り方とかこの文章とかに文句を付けるのも好きにすればいいんですけど、僕にはその行為に対して、受け入れる・跳ね除ける・文句で返すみたいな権利があるので、まぁ好きにして下さいみたいな事をいつも思ってます。僕はあなたではないのであなたの思い通りには動きませんけどね。という、独り言。

Set on the inside な Ceremony

10/1、俗に言う『内に定めるやーつ』があったんですよ。まぁ、そこで色々と思う事があったので書いておきます。(おにゃの子と自然体で話せてぐへへ~wってなった話ではないです。)

自己紹介の時間があったんですけど、僕はトップバッターでした。プロフィールの趣味の欄に「アニメを見ること」と「散歩」って書いたんですけど、もっと自分の内側を見せても良かったのかな~と今は少しだけ後悔してます。最初だったから、塩梅がよく分からなかった。『今期はレヴュースタァライト一強でした。』とか『僕はラブライブに魂を救われた人間なんですよね。』とか、その辺まで踏み込んだ話をしても許される雰囲気はありましたね。(何故かと言うと、懇親会で大多数の人がお酒を入れてる中での自己紹介だったので。)

色んな同期の話を聞いていく中で、俺ってアニメしか見てなかった人間だったのかな~って思ったんですね。僕の同世代の人は分かってくれるかもしれないんですけど、子供の頃から周りにはアニメが溢れてたと思うんですよ。3歳くらいの頃からおジャ魔女どれみが好きで、VHSに録画してずっと見直してた記憶も僕にはあって。(その名残があって、中学2年生の時におジャ魔女どれみに僕はドハマりする事になるんですけど。)

小学生の頃は朝夕には必ずと言っていいほどアニメやってたじゃないですか。僕はポケモン電脳冒険記ウェブダイバー東京ミュウミュウロックマンエグゼ…等、が大好きでした。高学年の時にはREBORNやハヤテのごとくガッシュ結界師にハマり、中学に上がってからはとあるシリーズ、けいおん、前述の通りおジャ魔女にハマる。高校生の時にはプリキュアアイカツプリティーリズムにハマるって感じの生活をしてました。

何というか、楽しむ作品はどんどん変わっていくけど、アニメって大枠から僕の趣味が外れたことは中々ないなぁ~って、思いました。全部楽しかったし、沢山のものを貰っているので、後悔はさほどしてないですけどね。

話が逸れました。ジャズやってた人とか、中にはずっと社交ダンスやってた人も居たんですよ。内心『マッ、ママッ、魔剤~~~~!?!?!?ボールルームへようこそじゃん!!!』ってなってテンション上がってました。僕はボールルームの円盤を買った身なんですけど、その円盤の特典に付いてきた『社交ダンス体験チケット』*1を使わずに無駄にしてしまった人なんですね。や、だって成人男性一人でダンス教室に行くの余りにもハードルが高い。しかも僕は女の人の手をアイドルの握手会でしか握ったことがないし。僕がこうしてアニメを見ながら二の足を踏んでいる時に、やってる奴はずっとやってるんだよな、みたいな気持ちでした。

まぁ、色々と思うところはあれど、結局はいつもの『アニメ以外の趣味も何か欲しいンゴなぁ…』という結論に行き着く訳ですね。社会人になったとしても『やりたい!って気持ちがあれば出来る!』とは本気で思うし、それがラブライブの思想なので、いつまでも胸に留めておきたいですね。でもまぁ、最初は自分一人で完結出来る趣味に手を出すべきかなぁ~と思うきういなのでした。

*1:社交ダンスのレッスンを無料で受けられるチケット

最近思うこと

漠然とした不安を感じながら日々を生きています。と言うのも、その不安の原因の大半は研究室にあるんですね。自分自身に課したある程度のハードル、取り敢えず形にはしないと大学を卒業できないっていうプレッシャーに抗いながら研究しています。

勉強と研究ってかなり違うんだなって事を最近強く感じます。勉強って楽しいんですよ。知らない事を知れる嬉しさ、分からない事を理解した時に得られる快感がある。自分でも要領悪いな~とは思ってるんですけど、数式の一行の式変形に15~20分くらい悩み続ける事も結構あって、でもそうやって『なんでこの式がいきなりこんな形になってんだよ~~~!なぁ~~~!』って悩むのは意外と楽しくて。

でもそれは、目の前に正解が用意されてて、自分以外の誰かが1回通った道だから、その答えまでの過程を心から楽しめる訳で。ハッキリとした答えが用意されていない問題を考え続ける研究って茨の道なんだなぁ~と本当に思う。そういう事を続けられる人間、強いなぁ…。

僕が式変形に一々突っかかるのは、やっぱり分かった気になりたくないとか、理論的な理解を1番に考えているからなんですね。まぁその甲斐もあって(?)、前期のゼミはそれなりの評価を貰えたので良かったです。研究室頑張るぞ~~~と口にした手前、ちゃんとやらないとなって思っていたので。

そんな事言っても、まだ後半分あるので気が抜けないですね。結局はなるようにしかならないので、どれだけ打ちのめされようと、取り敢えず動いて前に進むしかないんすよね。

今日はこれからバイトなので何もできないですけど、明日は論文読むやつやるかぁ~~~。

 

大西亜玖璃さんの話。

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会そのものに、現状そこまで興味はないのは、単純に僕がアニメ好きで、虹ヶ咲を題材にしたアニメが面白くなければ確実に追いかけないであろうグループだからだと思う。また、好きなキャストが演じている作品を心から面白いと感じられない時に、どういう態度を取ればいいのか全然分からないという思いもある。だから、コンテンツに声優から入りたくないのかもしれない。

でも、やっぱり大西亜玖璃さんにはどうしても目がいってしまう。何なら、僕の中に未だに居るアイドルオタクの人格が『大西亜玖璃さんの行く末を見届けろ。』と言ってるような気もする。

それには勿論、理由があって。僕がラブライブにハマる前にアイドルのオタクをしていたって話をブログに書いたことがあるんですけど*1、その時に推してたグループに大西亜玖璃さんが居たからなんですね。(どこのグループかは、調べればすぐに分かるので書きません。)お陰で、1年前のTGSでの虹ヶ咲のキャスト発表の時には、もう驚いたとかそういうレベルの話じゃありませんでした。

そして、今年のTGS。僕は大西亜玖璃の動向を熱心に追っている訳ではないけど、それでもセンターで必死にMCをする姿を配信で見ていて、少しだけうるっと来てしまった。(多分、さくら学院佐藤日向さんを推していた方が、サンシャインで改めて佐藤さんを見て感動する感覚と、少しだけ似てるんだと思う。)

と言っても、僕はドルオタをやってた時に大西亜玖璃さんを推してた訳ではない。でも確実に、好きではあった。まぁ、この辺には少しだけ複雑(?)なグループの構造的な事情がある。大西亜玖璃さんが前に在籍していたグループの話だと思って、少しだけ僕の昔話に付き合ってほしい。

そのグループには選抜メンバーと非選抜メンバーが居た、よくある話だ。グループ内オーディションを勝ち抜いた選抜メンバーだけが、自分の歌声をCDにすることを許され、リリースイベントでライブする権利を得られる。その中で、大西亜玖璃さんは非選抜メンバーだった。この選抜制度というの、シングルが発売される毎に入れ替わる訳でもなく、ほぼほぼ入れ替わりが無かった。つまり、大西亜玖璃さんはリリースイベントに来ないので、ライブを見たり、握手に行ったりする機会が滅多に無かったのだ。*2

そんな大西亜玖璃さんの魅力とか、キャラクターを味わえる手段はかなり限られていた。けど、週に1回グループの冠番組が深夜に放送されていて、その存在にだいぶ助けられていた。恐らく、僕の記憶の美化が進んでるのもあるんだけど、非選抜メンバーでありながら、番組の中で1番目立って、活躍していたと思う。そして、面白かった。

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(こんなキャプ画像しかなくて申し訳ない。)僕がこのグループに熱中してた時は、毎週この番組を見て、キャプ画像を取って『今日も1日』の呟きと共にTLに画像を貼り付けていたものだ。まぁ、その話は置いといて。素なのかキャラなのかは、正直僕の目では判断できなかったけど、このあざと可愛さと天然さはグループ内でも一二を争うくらいだった。リリイベには来ないので、僕の周りに『大西亜玖璃さん推し』の方は余り居なかったけど、『大西亜玖璃さんが好き』な方は沢山居た。"愛されキャラ"って言葉が、1番似合ってた人だったと思う。(みんな『あぐぽんと握手したい~~~!』ってめっちゃ言ってたし。)

そして、握手の話になるんですけど。(こっからが大事。)僕は何回か大西亜玖璃さんと握手したことがあって、その中でも、忘れられないやり取りがあるので載せます。確かあれは、2016年8月の個別握手会の時。大西亜玖璃さんはアニメが好きなのを公言していたので、アニメの話をしようと意気込んで、握手会のブースに入りました。

僕『あぐぽんって、何のアニメが好きなの?』

あぐぽん『ラブライブ!!!!!(即答)』

・・・

目をキラキラに輝かせて、僕の目を見ながら言ってくるんですよ。『あっ、これオタクがマジで心から好きな作品の話をする時のテンションだ。』と僕のアニメオタクの人格がハッキリと感じ取りました。その当時の僕はラブライブ!に全く触れたことが無く、色々と話していくうちにポケモンの話になったのを、今でも覚えてます。その時の会話はそこまで弾んでなかった気がしたけど、テレビの中に居た人との握手は感動するし、あぐぽん可愛いし面白いしで、多幸感に包まれながら握手会のブースを出ました。*3

もしかしたら、大西亜玖璃さんが胸に抱えているラブライブ!への愛情を、身をもって体験しているオタクは、世界で僕だけかもしれないし。それを知った後で、TGSでμ'sやAqoursと並んで、MCをしている姿を見るとやっぱり涙腺に来てしまうんですね。ラブライブ!という大枠から見ると、大西亜玖璃さんはまだ駆け出しかなと思ってしまうけど、ラブライブ!を大好きだった人が、オーディションを勝ち抜いて、こうしてラブライブ声優の一員として、舞台に立っているのは『夢を叶えた』事に他ならないのかなと思います。夢を叶えている人、カッコよすぎて眩しいです。

この前のTGSでの大西亜玖璃さんは、素人目から見ても、ステージの上でガチガチに緊張している事が伝わって来るくらいでした。いつか、場数を踏んで、大舞台に慣れた大西亜玖璃さんが、沢山の人の前で、その持ち前のあざと可愛さと、天然さで沢山の人を魅了する時が来るのかもしれないな〜と思うと、今から楽しみで仕方ありません。

とまぁ古参ヅラで色々と書き連ねてしまいましたが、『前から知ってる』っていう理由だけでオタクするのはしょーもなと思っているので、するつもりはないです。ただ、こういう当事者の綴ったエピソードが、誰の目にも触れずに消えていくのは少々勿体ないかなとも思ったので書きました。大西亜玖璃さんを今、全力で追いかけている人が、少しでも昔の大西亜玖璃さんを知る手掛かりになってくれれば、僕は嬉しいです。

 

kiui-4.hatenablog.jp

*1:リンク貼っておくのでよかったら見ていってね。

*2:僕が他界する2~3ヶ月くらい前から、運営の指針が少しだけ変わったらしく、非選抜メンバーもリリイベに顔を出すようになったので、そこで何度か握手は出来ました。

*3:因みに、その後2017年1月3日の劇場版ラブライブ!の再放送をキッカケに僕はラブライブにどっぷりハマり、2月にあったAqoursの1stライブを期に、そのグループのオタクを完全に他界。4月に大西亜玖璃さんがそのグループを卒業。その年の、TGSラブライブ発表会で再開(?)という流れでした。正直、運命か?と思いました。

ラブライブ三昧

バイトバイト研究室バイトバイトの5連パンチで完全に精神が無に帰していたので、ラブライブ三昧にかなり精神を救われてました。三昧をやるって情報が出た時からめっちゃ楽しみにしてて、わざわざバイトの休みまで取って全裸で待機してました。

そのおかげもあって、ラジオの内容はもう最高 of 最高でした。やっぱり、あの1日を通しての雰囲気が良すぎたな~ってのは凄く思います。μ'sとAqoursが一緒の空間で時に真剣に、時にふざけたりもしながら色んな事を語ってくれたり、それを見てTLがわっー!っと盛り上がる。そういう雰囲気が好きでした。

だってそうじゃないですか。μ'sとAqoursの曲を電車の中や散歩してる何気ない日常のワンシーンに聞いている時って、一々「この曲めっちゃ良いな~」とか「この曲のこの部分が最高に好きなんだよな~」って思わないんですよ。(偶に、そういう事を思いながら聞くこともあるんですけど。)耳元でいつも流れてる好きな音楽って感じで。まぁ、僕だけなような気もするんですけど。

三昧で曲が流れる度に、その楽曲の良さを再認識していくのが本当に楽しくて。「あぁ~、この曲最近聞いてないけど、いい曲なんだよなぁ~」って気持ちの連続でした。その曲に出会った当時の事を思い出したりもして。スクフェス等でしか聞かない曲のフルを半ば初めて聞く楽しさもありました。(LONELIEST BABY とか、くるりんMIRACLE とか)

ラブライブに出会ってから2年も経ってない僕ですが、自分はまだまだラブライブ!の全てを知ってる訳じゃないんだなって思うと、少し嬉しくなりました。いや、まぁ無理にラブライブの全てを摂取するつもりは毛頭ないんですけど。

僕自身、ラブライブのアニメにとても感銘を受けた人間なので、ラブライブ!の音楽の好みはアニメの挿入歌にめちゃくちゃ傾倒してる自覚があります。三昧で曲が流れると、まず頭の中に浮び上がるのはアニメの映像で、曲には話の文脈が乗ってて…みたいな話が頭の中を駆け巡って。僕がそんな人間なのもあって、京極監督が新田さんに出した「ススメ→トゥモロウ」のディレクションについてや、西田亜沙子さんがしていたラブライブのEDの入り方についての言及を聴けたのが、最高に良かったです。(拙者、ラブライブ!のEDの入り方が大好き侍)

ラジオを聞き終わったあともほとぼりが冷めなくて、夜の街をラブライブ!の音楽と共に散歩しまくってました。歌詞を口ずさんだりもして。もう気分は最高なので、どんなラブライブの曲が来ても、ノリノリのウキウキなんですわな。

あの時、LONELIEST BABYのフルを初めて聞いて『こんなに良い曲だったのか~~~!!!』ってなったので、文脈を過度に重視しがちな自分の姿勢も少しづつ直していけたらなぁ~と思いました。バランス感覚、大事。変に気負わずに、時に気楽に、楽しく、ファンやっていきたいンゴねぇ。

とまぁ、纏まりはありませんが、昨日の1日が非常に楽しかったので色々と綴ってみました。ラブライブ!三昧、是非またやってほしいし、次こそは『もぎゅっと“love”で接近中!』をどうかよろしくお願いします!という気持ちで一杯です。

大場なな

少女☆歌劇レヴュースタァライトの大場ななと、その周辺の事柄について少しだけ書き記しておく。

 

・7話のはなし

6話の双葉香子回がボロ泣きするくらいに面白かったので、7話はリアタイで見た。これまでに少しだけ描写されていた、ななの過去の舞台への執着、何より6話のCパートから見て取れる強キャラ感、期待値はMAXだった。それでも、予想を遥かに上回る面白さだった。作品が一気にファンタジーの顔を見せ、アニメが現実から乖離していく瞬間は、いつだって堪らなく好きだ。7話を見た後に、寝られなくなる程に衝撃は大きかった。

初めて7話に触れた後の大場ななの印象は、『狂ってる』とか『常軌を逸してる』ってのが素直なところだった。だって、同じ舞台を幾度なく繰り返しているのだから。大場ななが内に抱える狂気は、7話のスラッとしたフォントの文字を使ったり、キャラデザの決定稿をただ画面に貼り付けただけの、無機質であっさりした演出を用いた事で、とても強烈に印象付けられた。

しかし、7話を見返すに連れて演出という名の魔法は解けていき、大場ななの感情にちゃんとフォーカス出来るようになった。ななの心の芯にある気持ちは『最高だったあの時間に戻りたい、また繰り返したい。』ってものだと思った。その気持ちは僕もよく抱いてしまう感情の一つで、とても否定できるものではない。ななの持っている願望は、もの凄く人間らしい願いだった。僕は、ななの事をだんだんと好きになっていった。

 

・哀しさ、優しさ

8話や9話のレヴューで「皆を守ってあげる」という言動をななはするけど、それは九九組の皆と離れたくない大場ななのエゴイズムでしかない。16歳の少女が、自分勝手な思いを自覚なしに周りに振りまいていく様には、何となく悲しさを覚えた。けど、その自分勝手な想いの原動力には、とてつもなく大きくて、行き過ぎた優しさがあった。「再演」というループそのものが、大場ななの歪んだ愛情を表していた。そんな悲しい歪みも全部含めて、彼女のことが好きになった。

過去がどんなに楽しくても、絶対に戻れない世界に僕は生きている。ななの居る世界はオーディションを勝ち抜けば過去に戻れる世界ではあるけど、それでも僕は大場ななに、今を見てほしかった。

 

・救い

ななが守ろうとしてきた物、大切にしてきた時間、積み重ねてきた事、全部抱えて次へ向かう。未来を拒絶し続けてきた舞台少女の今までを、何一つ否定しない。とっても優しい答えだった。画面を見ながら流したのは、間違いなく嬉し涙だった。

もう一つ嬉しい事があった。大場ななが愛城華恋の姿を見て『どうしてそんなに眩しいの!?』と素直に言えたことだ。第99回聖翔祭のスタァライトの放つ煌めきが眩しすぎて、その煌めきに囚われていたななが、あの時のスタァライト以外の存在も、ちゃんと煌めいてると認められた事が嬉しかった。きっと、もう大丈夫だろうと思った。

 

 

大場なな編と言われていた7~9話、めちゃくちゃ楽しかったし、面白かった。あと3話でレヴュースタァライトのアニメが終わってしまうと思うと少し寂しいけど、最後まで楽しませてもらいます。

ぉゎり。

2018.9.7 部活の集まりみたいなやつ

高校の同級生の友達と4年ぶりくらいに顔を合わせて酒を飲んできました。中高一貫の学校で僕は6年間、水球部に所属していたんだけど、6年間続ける人なんて全然居なくて、中1の時に居た20人程のメンバーは高3の時には4人にまで減ってて、でも何故か今でも部活辞めた人とも仲は良い。みんな色々と忙しくて予定が合わなくて、今日集まったのは20人中半分くらいだったけど、最高に楽しかった。容姿がガラッと変わった奴も居たけど、中身は全然変わってなくて、あの頃に戻ったような気分でした。中学1年とか2年の時って、何であんなに色んな奴と仲良くなれるだろうな。集団生活を送っていく上で、色んな奴と仲良くなっておいた方が事が上手く進むってのはあるけど、それにしてもあの12~13歳頃の自分は自分と他人の間にキッパリとした壁は作っていなかったように思う。なんだか『自分にもそんな時期があったんだなぁ…』って気持ちになってた。

人のことを渾名で呼んだのも、久々過ぎて。今の僕は人の名前で遊ぶ事も呼び方で遊ぶ事もしないし、そこまで人との距離を詰めようとも思わないんだけど、あの頃に定着した渾名って今でも呼んじゃうというか、それ以外の呼び方が分からないんだよな、うん。

話題と言っても8割は昔話で。何でこう、中学生の頃はあんな馬鹿なこと出来たんだろうな…って話ばっかで。馬鹿だったからか、膨大な馬鹿エピソードが数々あって、一々『懐かしーーー!!!』とか言いながら大声でゲラゲラ笑ってました。10年前にあった出来事で未だに笑えるの幸せ過ぎだな。きっと、また一年後、二年後に集まっても、同じ昔話で盛り上がって、その度に『懐かしーーー!!!』とか言いながら、僕はゲラゲラ笑ってるんだろうな~~~ってめっちゃ思います。

ラブライブとか、アニメの話は1秒もしなかったけど、とてつもなく楽しかったからまたやりたいね。