ギャン・バギャム・ソルドン

一打粉砕に怒喝の心力を込め、万物を叩き割る剛剣の刃を生み出さん

作品を批評する事について ひとりごと

例えば、英文を読むに連れて、英語を読むのは上手くなっていくだろうし、本を読めば読む程に、文章から内容を読み取るのが上手くなっていくと思う。恐らく、アニメ(に限らず映像作品全般)だってそうで、作品に触れれば触れる程に、そこから中身を読み取るのが上手くなっていくのではないだろうか。何かを読み取るには、それ相応の訓練が必要だという事は、当たり前のように言われる。でも、映像作品に関しては、こういう『映像作品の読み取りには訓練が必要だ』という主張を余り見かけない印象を受ける。それは、映像作品が多くの場合は、娯楽や趣味で楽しまれているからだろうし、自分の未熟さを棚に上げて、好きに批評できる土壌があるからなんだと思う。勿論、雑な批評や的外れな批評に対しては、殴り返される覚悟が必要とされる訳だが。

制作側の真意など知る由もないから、自分はこの作品の事を理解しているぞという態度は傲りでしかないとは思う。けど、それを受け入れても、作品から何を読み取るかは自由だという言葉を免罪符にして、自分はこの作品の事を分かったぞと言って、分かったフリをするのは楽しくて、辞められない。特に好きな作品に対しては、そういう態度を取りたくなるし、同時に最大限の読み取りをしたいとも思う。それをするのが、好きな作品に対して果たすべき礼儀であるとも信じていたい。だから、訓練は怠りたくはない。まぁ、訓練と言っても、アニメを見るのは好きなので、結局は娯楽になるんですけどね。

 

『子供向けアニメ』とか『大人向けアニメ』とかそういう言葉が僕は大嫌いだ。多分、人よりもこの言葉に対して持ってる嫌悪感は大きい。そういう概念は確かにあると思う。けど、それは作品の作り手が届けたい対象を選んだりするのに使われる概念であって、受け手が勝手に決めていいものじゃない。ましてや、作品の面白さを語る時に、絶対に持ち出してはいけない言葉だと僕は思ってる。

ジュエルペットプリティーリズムが大好きだった時がある(今も好きですけど)。その時に『子供向けだけど面白い』のような言葉を嫌という程に見てきた。いや、『子供向けだけど』ってどういう意味ですか。子供に向けて作られたアニメは、つまらない前提ですか。分かりやすい描写をするのが子供向けで、そうでないのが大人向けですか。緻密に作られているのが大人向けで、そうでないものは子供向けですか。ふざけるなと思う。目の前の作品を、そんな変な色眼鏡を通して見ないでくれと頼みたい。僕達がアニメについて批評できる事って、面白いとか面白くないとか、好きとか嫌いとか、そういう事だけな筈だ。そう言った価値基準の前では、全ての作品は平等であると思うし、子供向けとか大人向けとか、そういう下らない線引きなんて何も意味を成さない。

R-18のアニメとか例外はあるけど、基本的にアニメは、性別とか年齢に依らずに、全ての人間に対してその門戸を開いてくれてる訳で、そんな作品たちに向けて『これは○○向け』って言葉を投げ付けるのは余りにも無礼だと思うし、何より僕が見ててムカつく。

目の前にある作品を、素直に、何の色眼鏡もかけずに、ただ一つ作品として見てほしいという、恐らく叶わないであろう願い。