ギャン・バギャム・ソルドン

一打粉砕に怒喝の心力を込め、万物を叩き割る剛剣の刃を生み出さん

心臓と幽霊がステージを輝かせる -TVアニメ「IDOLY PRIDE」感想・総評-

これはただのアイドルアニメではない、2021年の冬クールに放送されたTVアニメ「IDOLY PRIDE」のキャッチフレーズの一つである。この作品が本当にただのアイドルアニメではなかったのかは私の定めるところではないが、少なくとも後世のアニメ作品に与えた影響は大きく、これ以降のアイドルアニメは幽霊、心臓移植、伝説のアイドルの事故死と切っても切り離せない関係になっていくことになる。*1

さて、この「IDOLY PRIDE」という作品は今やアイプラ信者をしている私から見ても、出来が良い作品と言うよりは不思議な作品であったと言うしかない。脚本にはTVアニメ全12話の中で妥協せずに描きたかったものと捨てざるを得なかった描写の取捨選択が見て取れ、そこから生まれた大胆な構成は、9話を始めとした長瀬麻奈の心臓に纏わる一連の物語を強く印象付けた。しかし一方で、メインキャラクター(麻奈さくら琴乃芽衣)以外のキャラクターの描写量は圧倒的に少なく、所謂「推し」を作りがちなアイドルアニメとはすこぶる相性が悪い。本作品は上に挙げた以外にもいつくかの欠点を孕んでいるが、今秋で3回目の再放送を向かえた今、それらの欠点は寧ろ作品の持つ愛嬌(味)となっており、骨太な本筋の物語と絡み合って唯一無二の視聴感を与えてくれる。故にオンリーワンのアニメーションだ。

本記事はそんなTVアニメ「IDOLY PRIDE」の感想を物語の構成の観点から書いたものである。

TVアニメ「IDOLY PRIDE」の物語の構成の話をするにあたって、避けては通れないのがアプリゲーム版の物語である(以下、こちらを原作と称す)。TVアニメの物語はこの原作を基にして作られている*2。5分×122話からなる原作は単純計算でTVアニメの2倍以上の尺を持っている為、十分な描写量と理路整然さ、ついでに面白さも兼ね備えている。詰まるところ、原作の長い物語をカット、改変して24分×12話の尺に押し込んだものがTVアニメだ。原作はサニピと月ストが結成されるまでの第1章、キャラクター1人1人の背景や人格を掘り下げる第2章、NEXT VENUSグランプリ本選開始からさくらが『song for you』を披露するまでの第3章、グランプリ決勝までを描いた第4章の4つで構成されている。中でも第2章で行われたキャラクターの掘り下げは最も長く、50話近くの話数が割かれているが、驚くのはTVアニメではこの第2章を殆どカットしていたことだ。

前述した大胆な構成、捨てざるを得なかった部分とはこのことで、ここから制作側の苦悩が窺える。だが、私はこの取捨選択は一つの正解だったと考えている。TVアニメは麻奈と牧野の出会いから、サニピと月ストがNEXT VENUS グランプリで優勝するまでを12話かけて描いているが、その中身は長瀬麻奈に振り回された者たち(牧野・琴乃・さくら・莉央)が麻奈の遺した物と自分の間にある因縁に決着を付ける物語と解釈することも出来る。そして、物語をこの視点から見ると、原作からTVアニメになる時の情報の欠落が殆ど無いとも言える。それ程に麻奈と心臓移植が物語を占めている割合は大きい。

TVアニメの第9話は一般に「心臓回」と呼ばれる物語の大きな転換点だ。胸のドキドキで行動を決めていた少女は、その心臓の鼓動に自分の意志を宿し始めた。原作では幽霊の麻奈との会話を経て「song for you は歌わない」と決断したさくらだが、「麻奈の歌声で、お姉ちゃんの遺した曲を歌ってほしい」という琴乃の我儘を聞き入れて「song for you」を披露することになる。麻奈と半ば喧嘩別れとなってしまった琴乃の、もう一度お姉ちゃんを近くに感じたいという気持ちを思うと胸が苦しくなる良いシーンだ。アニメでは尺が足りなかったのか、この辺の話運びが分かりづらいのが玉に瑕だが、演出においては原作のスマホゲームと比べると格段に良い。胸の傷跡について聞かれた時も心配ないからと平然と手術のことを打ち明けられるさくらの、入院生活とリハビリの様子がここで初めて描写されていることが本当に良く、サニピの顔として常に明るく振る舞っているさくらのグレーな過去にそっと踏み込んでいく筆致が堪らない。さくらの歌いぶりからは麻奈への感謝と、ここからは自分の道を行くという力強さを共に感じられ、こればかりは菅野真衣さんと音響を担当したスタッフさんの凄さに唸ることしか出来ない。

少し話が逸れた。もちろん、順当にサニピと月ストがNEXT VENUS グランプリで優勝するまでの物語として見ると、キャラクターの背景が十分に描かれておらず、対戦相手も秒で負けていくので感慨が無いに等しいのは確かだ。だがその視点から見た時の緩さ、描写を積み重ねていないからこそ感じられる虚無感は一種の笑えるシーンとして成立しており、これが物語の本流と混じり合うことで、時にはメリハリに、時には「笑いながら泣く」という視聴体験になり得る。この虚無感と原作が本来持つ面白さを同時に得られることがTVアニメ「IDOLY PRIDE」の醍醐味だろう。特に12話のBパートでは、サニピと月ストが同点優勝というギャグの様な一幕に重ねて、牧野が担当アイドルのウイニングステージを放りだして幽霊とロマンスしに行くなど困惑する話の展開があるが*3、琴乃の歌う「song for you」をバックに幽霊の麻奈と再会した学校の校舎で牧野が麻奈とお別れをするシーンには、IDOLY PRIDE が描いてきた因果が全て解けていく感覚があり、切なさと何やってんねん感が同居した素晴らしいシーンとなっていた。

放送当時は「無」の部分が「無」過ぎること、心臓移植を始めとした見どころの部分に対する解像度が高くなかったこともあり、そこまで好きにはなれなかったのだが、放送終了後の展開も良く、気付かぬうちに懐柔されていた。凄いアニメは見てる側の感性すら捻じ曲げるという言葉があるが、実は「IDOLY PRIDE」もそれに分類されるのかもしれない。恐ろしいアニメだ...。今も私はこのアニメの掌の上で踊らされているに過ぎないのかもしれない。

*1:もちろん冗談で書いているが、セレプロの存在がある今となっては冗談に聞こえないかもしれない。

*2:詳細は下記の雑誌を参照のこと。

*3:ちなみに原作ではセミファイナルの後、麻奈が成仏しており牧野は10人のウイニングステージを見届けている。